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Jackie Wilson(1934.6.9-1984.1.21/49歳)
jackie


マイケルのアイドルといえば、ジャッキー・ウィルソンですね~。
黒人音楽界最大のヒーロー、サム・クックの最大のライバルと言われた黒人アーティストです。ジャッキーの華麗なる身のこなしは、元ボクサーの経験を活かしたもの。
マイケルの自伝、MOON WALK(邦訳64ページ)では、「僕はおそらく他の誰からよりも、どんなことからよりも、ジャッキー・ウィルソンから多くを学んだように思います。こうして学んだことはすべて僕が受けた教育の中でも、重要な位置を占めているのです」と最も影響をうけた存在として讃えているんです。。

そして、ジャッキー最大のヒットとなったのが、このLONELY TEARDROPS。
なんとベリー・ゴーディがジャッキーのために書いた曲で、1959年にリリース、全米R&Bチャートで1位、ビルボード100でも7位の大ヒットとなり、ジャッキーだけでなく、ゴーディにとっても、出世作となった名曲です。(このヒットで得た資金で、ゴーディはモータウン・レーベルを立ち上げたと言われてます。)

幼いころアポロ劇場の壁に飾られたジャッキーの写真を見て、「片方の足を上げ、うなっているのですが、体を前後に激しく動かしながらマイク・スタンドをつかんでいるのに、少しもバランスは崩れていません。」「『ロンリー・ティァドロップス』のように悲しい歌詞の曲を歌っても、オーディエンスは、彼の悲しみや孤独をこれっぽちも感じさせない踊りを見て、目をまんまるくしてしまうのです(抜粋)」(同じく65ページ)とダンスと歌を融合させたマイケルのパフォーマンス・スタイルの基礎をジャッキーから学んでいることが分かるんです。


この曲、マイケルが1970年~1973年にカバーを収録してます。マイケルのソロアルバム、1986年発売のLOOKING BACK TO YESTAERDAY(HELLO WORLD:THE MOTOWN SOLO COLLECTION) で聴けます!(チビ・マイコーの歌唱の素晴らしさが堪能でき、ブックレットも装丁も美しい保存版)

hello


Lonely Teardrops(孤独の涙) (こちらのマイケル歌詞研究サイト様から引用いたしました。ありがとうございます!)
*こんな大人びた歌詞を12歳かそこいらで、情感たっぷりにのびのびと歌うマイケル、さすが。。泣けますね~

Lonely teardrops, my pillow nerver dries
Lonely teardrops, come home, come home
Just say you will, say you will, say you will
hey,hey
My heart is cryin', cryin'

孤独の涙、僕の枕は乾くことがない
孤独の涙、帰ってきて、帰ってきておくれ
そうすると言っておくれ、ただそう言っておくれ、君は帰ってくると
僕のハートは泣いているよ、泣いているよ

Lonely teardrops, my pillow nerver dries
Lonely teardrops, come home, come home
Just say you will, say you will, say you will
hey,hey

孤独の涙、僕の枕は乾くことがない
孤独の涙、帰ってきて、帰ってきておくれ
そうすると言っておくれ、ただそう言っておくれ、君は帰ってくると

Just give me another chance for a romance
Come on and tell me when do you return
'Cause everyday that you been gone away
You know my heart does nothin' but burn, cryin'

もう一度愛し合うチャンスをおくれよ
ねぇ、いつ君が帰ってくるのか教えて
君が行ってしまってからというもの、毎日
僕のハートはただ虚しく焦がれてる、泣き叫んでる

Lonely teardrops, my pillow nerver dries
Lonely teardrops, come home, come home
Just say you will, say you will, say you will
hey,hey
say that my baby
comeon comeon
say that you'll
say that my baby

孤独の涙、僕の枕は乾くことがない
孤独の涙、帰ってきて、帰ってきておくれ
そうすると言っておくれ、ただそう言っておくれ、君は帰ってくると
ヘイ、ヘイ!
僕のベイビー、そう言っておくれ
カモン、カモン
僕の恋人だと言っておくれ
僕のベイビー、そう言っておくれ


さて、ジャッキーの代表曲といえば、1967年の全米6位の大ヒット曲、YOUR LOVE HAS LIFTED ME HIGHER & HIGHER。ちょっとした仕草とか、ステップとか、やっぱりマイケルが影響を受けている感ありますね。。ジャッキーは本当に素晴らしい。。
この曲は、カバーの多彩さからも人種を超え、多くのアーティストに愛されている名曲なんですよね。


カバーについては、Youtubeでも出るわ出るわ。。載せきれないのですが、他にもありそうです。
ブルース・スプリングスティーンのライブはこちら。盛り上がってます~


ちょっとメローなバージョン リタ・クーリッジのバージョン(こちらのサイト様で見つけました。ありがとうございます! )


これまた偉大なソウルの巨匠オーティス・レディングのバージョン。ファンキーです。


すごーいレアなカルチャークラブ、見つけちゃいました!(好きだったんですよね~すまん!)


ロッド・スチュワートらしいカバー!



さて、1984年2月28日、シュライン・オーディトリアムで行われた第26回グラミー賞授賞式、マイケルが8冠に輝いた,世界が注目する歴史的舞台で、マイケルは、ジャッキー・ウィルソンに対して、敬意を払います。。(涙)1:50頃、アルバム・オブ・ザ・イヤーの受賞スピーチです。
ジャッキーは、この年の1月21日、失意のうちに天に召されています。ジャッキーが活躍した1960年代は、まだまだ黒人が音楽ビジネスのなかで、自ら歌いたい歌を歌う、という環境にはありませんでした。後半、オールディーズ歌手として生きるしかなくなったジャッキーは、1975年41歳の時にステージ上で倒れ、寝たきりとなり、病院をたらい回しにされ、金銭問題にも悩まされながら49歳という若さでこの世を去ります。
マイケルの永遠のアイドルであったジャッキー・ウィルソンの死。優れた黒人アーティストが不遇に扱われることに対し、生涯、戦い続けたマイケルですが、マイケルが人種を超えて評価される作品をめざして作ったスリラーの「戴冠式」において、ジャッキーへの哀悼の意を表したことは、非常に意味があることです。やはり、というか、マイケルがアメリカ社会に正当に評価されたのは、ここまでで、この後、急速にバッシングを受けていくことになるのです。。アメリカ社会の闇を見る思いですが、マイケルのジャッキーへの愛が感じられるこのスピーチ、ぜひ、ご覧ください!

「多くの偉大なエンターテイナーがおり、その陰にはこの道を切り開いてくれたパイオニアがいる。。僕はこの場で、ジャッキー・ウィルソンが素晴らしいエンターテイナーであったことを言っておきたい。。ジャッキーはもうこの世にはいないけど、いつも一緒にいる。愛してます。そして本当にありがとう。。」

マイケルが敬愛するジャッキー・ウィルソン、これからも永遠に語り継がれる伝説の存在です!


素晴らしいサイトを見つけてしまいました!
ジャッキーの歴史をはじめ、20世紀文化史を網羅していてとても参考になりました~
ありがとうございます!
http://www3.ocn.ne.jp/~zip2000/1958.htm
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